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November 27, 2004

一週間で作る事の意味

面白いゲームで遊びたいというのは当然の本能であるが、
巷に溢れるゲームの数々を、僕は面白いと感じなくなった。

僕はオヤジなので、若い人にはわからないだろうが、
8ビット時代、パソコンがマイコンと呼ばれた時代が懐かしい。

当時ゲーマーの憧れはAPPLEⅡであった。
ゲームの演出や表現力が向上したとしても、
ゲームとしての「本質」「骨格」みたいなものは当時から変わらない。

僕は現在の音と映像による高度な演出は、それ自体悪とは思わない。
しかし、人体で言えばそれは「肉」である。
過剰であれば身動きのとれない肥満体質っつー事だ。

そして、本質的に味わえるものは「肉」ではなくて「骨」の方だ。

「肉」よりも「骨」に拘る - というのは、任天堂の戦略にも重なる。
局面においてプレステ陣営に負ける事があったとしても、
長期的には任天堂が滅びる事は無いと思う。

結局のところ、「ゲーム」は人生において絶対必要なものではないし、
いくら面白いと感じたところで、似たような作品が濫造したらしらける。

このような僕なりの解釈に立った上で、僕がサウンドノベルを作る場合どうするか。

「経験」と「才能」だけで作る。

これが方針になる。
「努力」とか「頑張る」という事を極力排除して、
ラーメン屋が短時間で美味いラーメンを仕上げるが如くにゲームを製作する。

本当のところ、現在リリースしている作品にせよ、
「もっと時間があればもっと良く仕上げられるのに」
と、思う事はある。

しかし、裏返して言えば、
「まだまだ才能も経験も未熟」という事になる訳だ。

ならば、次の作品を仕上げた方が良い。

ゲームだろうが小説だろうが、「最後まで作る」事は簡単じゃない。
素人は自分に言い訳をしながら、途中放棄して諦めるのが常だからだ。
だから、「未熟なりに最後まで作る」事に価値がある。
そのようにして経験を積み、才能を磨く事の方が大切に思われるのだ。

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